学び2.0でいこう! – 第6回 「学習者」という言葉

だいぶ間を空けてしまいました。おひさしぶりです。hokutoです。

前回まで、どちらかというと教師の視点で学びについて考えてきましたが、ここからは学習者の方にもふれていこうと思います。今回は、まず「学習者」という言葉について。

学生=学習者?

「学習者」という言葉は、みなさんにとってはあまり聞きなれない言葉かもしれません。教育の対象となる人のことは「学生」と表現するのが一般的かもしれませんが、僕は大学にいた時に教育学を勉強していて、おそらく「Learner」の対訳としてだと思いますが、そこでは「学習者」という表現を使っていました。その影響もあって、僕はこの連載でも「学習者」という言葉を使っています。

加えて、僕は「学生」という言葉にちょっとした思いがあるのです。「学生」という言葉を聞くと、小中高大あるいは専門学校といった学校をイメージしませんか?「学生」は「Student」なんだから当たり前じゃん、と言われそうですが、「学習者=学生」というイメージの人は結構多いんじゃないかと思います。でも、学習者は学ぶ人の意味なのだから、いわゆる学校に行っている人だけに限らないですよね。

学生=半人前?

で、学校の示す範囲が大学以下、つまり20代前半の人が学ぶ場所だという捉え方をすると、「学生=半人前」というイメージにもなってくるんじゃないかと思います。これが結構気になるんですよ。

僕は大学生の頃、とある職場でいわゆるリストラ的な目に遭わされたことがありますが、そのときの理由が「君はまだ学生だから。他の人は生活かかってるし」でした。嘘でもいいから他の言い方してくれれば良かったのに、と思いましたが、学生という身分の世間イメージをしっかりと感じました。

また、こんな話もあります。僕がいま教えている(非IT系の)専門学校では、僕の同僚は大学院生で博士課程に在籍中です。その先生が教室で学生からこんなことを言われたそうです。「先生、学生なんやろ。学生に教えてもらうなんてヘンな感じや」と。大学院という場所、大学院生というイメージが描けないからなんだと思います。

大学院には、年齢やバックグラウンドが多様な人たちが在籍しています。みんな非常勤講師やアルバイトなどをしながら生活し、研究に心血を注いでいました。そういう人たちは「学生」なわけですが、この言葉の持つ半人前感が、現実の彼らにそぐわない感じがして仕方がありません。

学生を卒業して社会人?

さらにしつこく言うと、僕は「社会人」という言葉も気になるのです。学生から社会人へ・・・いたって普通に使われている言葉ですが、社会人ってどういう意味なんでしょう。学生身分の人は社会の人ではないというのか?と思うのです。

フルタイムで働きながら夜間に専門学校に通う人もいますし、会社を退職して大学で学び直す人もいます。学校の入試制度として社会人入試なるものがありますが、受験生は合格した瞬間から社会人でなくなってしまうのでしょうか。

恐らく「社会人=働いている人」という意味合いなんでしょう。でもそれだったら「労働者」とかでもいいと思うんですよね。社会人なんて言葉を使っちゃうと、まるで社会と関係ない人がいっぱいいるみたいじゃないですか。学生だっていろいろだし、社会と関わりのない人なんていないはず。働いている時間や身分が一定範囲にないことを「社会人でない」と表現してしまうのは、ちょっと気持ち悪いのです。

言葉にこだわるわけ

話が逸れてきました。逸れたまま、まとめです。

僕がこの連載でお話しすることの中核は、いわゆる学校教育という限定した文脈の話ではなく、日常の中で起こる学びを広く捉えての話です。学びの対象を「学生」と言ってしまうことで、学びが今の僕ら(学校をとうの昔に卒業してしまった僕ら)とは遠い存在にあると思い込んでしまわないでほしい、という思いがあるのです。

これは言葉の問題。でも単なる言葉の問題でもないんです。僕の出会ってきた言語教育学の仲間は、ときに言葉に固執します。それは、言葉がそこに流れている思想を体現しているからであり、言葉がモノの見方を限定してしまうと感じているからです。

ウェブの世界でもあるじゃないですか、そういうの。例えば「Web Standards=Web標準」とか「Ajax」とか「Web 2.0」とか。あなたがこだわっている領域、深く考えている世界にも、実は同じようなことがありませんか?

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