良い体験なんて誰も最初から分からない

2010年11月20日に開催の「聞いて学んで考えるUX講座」講師、長谷川恭久さんからの寄稿記事です。


今年、日本でもよく耳にするようになった「UX (User Experience)」。この考え方自体は新しいものではなく、90年代から使われています。さらに前からありましたが、この言葉を多くの方に広めた方といえば『エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために』『誰のためのデザイン?』の著者として有名なドナルド・ノーマンでしょう。機能やインターフェイスは当然重要なわけですが、それ以上に利用者の感情、動機、価値観が製品の満足度につながるというのが彼の考え方であり、UX の根底にあるアイデアといえるでしょう。

Webサイトデザインでよく UX という言葉をきくようになったキッカケを作ったのは Jesse James Garrett が2002年に刊行した『ウェブ戦略としてのユーザーエクスペリエンス』です(日本語版は2005年に刊行されています)。この書籍が刊行された当初からユーザビリティ(使いやすさ)は重要であるという認識は広くありました。しかし、ただ使いやすければ良いというわけではないのが Web サイトデザインの難しいところ。ビジュアル、ブランディグ、マーケティングといったユーザービリティとは異なる Web サイトの役割・特徴を引き立てつつ、ひとつのサイトの価値を提供するという意味合いで UX という言葉が使われ始めました。

感情、動機、価値観に響くデザインをどのように実現するのかというのは UX の永遠の課題です。しかし、感情、動機、価値観というのは人それぞれですし、ページビューのような明確な数値にならないどころか、A/Bテストのような測定をすれば分かるというわけでもありません。あいまいなもの、概念的なものをプロジェクトの指針として進めるということはあまりないかもしれません。特にビジネスでは明確に分かるものを仕事の評価とする傾向が強いので、UX が重要と挙げている概念的な考えはミスマッチにみえることもありますし、結果的に重要ではないと捉えることが出来るのではないでしょうか。UX が重要と言っている方にしても感情、動機、価値観を重要であると提唱するあまり、理想論であって実践的ではないと誤解される場合もあります。

利用者に良い体験を

UX を語る上で必ずといっていいほど出てくる言葉ですが、あまりにも曖昧な表現ですよね。良いってなに?そもそも何の体験を指しているの?体験ってなに?様々な疑問が生まれます。良い体験といっても作り手が良いと判断したものを押し付けてしまう場合もあるかもしれません。UX という一種のバズワードを印籠代わりにしてステークホールダーが納得しないままプロジェクトが進んでいるのであればそれは悲しいことです。

UX だけではありませんが、私たちは Web サイトをデザインするうえで、様々な曖昧を言語化・視覚化することで理解してもらおうと努力しています。なぜその見た目にしたのか、このマークアップに理由はなぜか、このページフローが最適と考えた要因は?

テストや解析を通じて説得・解説するわけですが、なかにはそれでは伝わらないことも出てきます。作っている側からすれば「そんなの説明しなくても」と思うことも、相手には伝わってない場合があります。逆にクライアント側も「こうしたいと思うのは当然」と考えているアプローチを作り手が理解していない場合もあるでしょう。そのギャップを埋めるためのコミュニケーションは必要ですし、意見を投げ合うことではじめて生まれるアイデアもあります。

概念的で捉え難いと思われる UX ですが、実は今までやってきたこともそうであって特別視することではありません。「利用者に良い体験を」というのはサイトによってそれぞれ異なりますし、評価の仕方も異なります。答えはひとつではないというのは、ビジュアル、マークアップ、プログラムすべてにいえることですよね。そのビジネスにとって実現可能なよい体験とは何かを考え、それをビジュアル、マークアップ、プログラミングでどのように実現させるかというのが UX と捉えることができるでしょう。

今回のイベントに参加することで「UXを理解した!」ということにはならないと思います。結局のところも誰も良い体験を理解しているわけではありませんし、良い体験をユニバーサルに共有することは出来ないからです。ただ、このイベントを通してどのようにすればクライアントや同僚とそのプロジェクトにおける「良い体験」の定義を共有して仕事するためのヒントは得られるのではないかと考えています。

長谷川 恭久


イベントはいよいよ今週末土曜日です。みなさま会場でお会いしましょう。

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